ハヴァナ

彼女は約束の時間に現れた。

「はじめまして」と彼女は言った。「中村さんですか?」
中村はうなずいた。「はい。そちらは黒うさぎさん、ですよね」
「ええ。残念ながら」彼女は小さく微笑んだ。リップの塗られた唇が小さく輝いた。
長身で、さらさらのロングヘアー。ブーツ、スカート、コート、いずれも黒でシックにまとめていて、中のシャツだけ真っ白だった。化粧は薄く、まぶたにはほのかにピンクのアイシャドーが塗られていた。

ふたりは喫茶店に入った。彼女は窓際の席を選んで座った。さっきは気が付かなかったけれど、近くで見ると、彼女の目の下には濃くて深いくまがあった。
「でも、本当に会うことになるなんて思わなかったです」と彼女は言った。コーヒーカップに角砂糖を落とし、スプーンでかき混ぜた。一口飲む。「うん、ちょうどいいですね」
彼女は角砂糖をもうひとつ摘んで、中村の目を見た。彼は首を振った。
「お砂糖、いりませんか?」
「いらない」
「ミルクは?」
「ブラックしか飲まない」
「そう」彼女は行き場を失った角砂糖を自分のカップに落とした。「中村さんは大人ですね。私、まだまだ子供なんですよね。味覚がいつまで経っても成長しないんです。今もチョコレートばかり食べてしまうし。でも、本当にごめんなさいね、こんなおばさんで。あなた…中村さん…は、25歳?でしたっけ。童顔で、すごく若く見えますね。一緒に並ぶと親子みたいに見えるんじゃないかしら」
「そんなことないですよ」
「私は11月で31になります。黒うさぎはもちろん偽名で、本名はアツコと言います。でも、ごめんなさいね、メールでは29と言っていましたけれど。2つもさばを読んでいました。中村さん、でもね、女性にとって、30歳っていうのは特別な年齢なんですよ。私は30歳になるのがすごく怖かった。今も、まだ怖いんです。女性の平均寿命は80歳だけど、私は30歳になる前に一度精神的に死んだ気分でした。できれば死ぬ前の年齢でありたかったんです。それは私のような女性にとっての小さな望みなんです。だから許してあげてください」
「大丈夫。あなたは全然若く見えますよ」
「中村さん、お上手なんですね。そうだ、ねえ、このあとメールでお話したとおり、ビリヤードをしましょうよ。私、すごくうまいんですよ」
彼女は領収書を持って立ち上がった。

地下のビリヤード場はたばこの煙であふれていた。中村は慣れない手つきでキューを突いた。ボールは的はずれな方向へ転がっていった。どうもうまく打てない。
「もう中村さん、違いますよ。もっと体を落とさないとだめなんですよ、見ててくださいね」
彼女はキューの先を青いチョークで何度か磨いた。テーブルに屈み込んで数字の7のようなポーズを取った。ボールに焦点を定めて、しなやかなフォームでキューを深く打ち込んだ。乾いた音が響いたあと、ふたつのボールがたてつづけにコーナーポケットに飲み込まれた。彼女は小さく拳をにぎりしめた。
「プロみたいだね」
「ありがとうございます」
彼女は腕利きの猟師みたいに淡々とボールを穴へ撃ち落としていく。
「ビリヤードは、精神性を反映するゲームです。その人の正確性、几帳面さが現れます。ほんの数ミリのずれでもショットはだめになってしまう。いわば完璧主義者のためのゲームです。だから私はビリヤードが好きなのかもしれません。中村さん、よかったら家に来ませんか?トランプでもしましょう」
「トランプ?」
「ええ。ポーカーでも七並べでも何でも構いません」
最後のボールを穴に送り込むと、彼女は小さくため息をついた。

長細いマンションの7階に彼女は住んでいた。玄関に正座して、脱いだブーツを丁寧に揃えて置き、その隣に中村のスニーカーを並べた。
「まるで、茶道みたいでしょ?」
「え?」
「前に言われたんです。おまえは茶道家みたいな上品さで靴を並べるって。神経質なんですよね。完璧主義者というか、お掃除でも、ビリヤードでも、何でもこう、しっかりやらないと気がすまないんです」

ふたりは部屋に入った。彼女は床に座布団を敷いて座り、中村はベッドに腰掛けた。シーツは薄く、尻の感触はまるで岩に座ったかのように固かった。手が届く距離に小さなテーブルがあり、何か調べ物をしていたらしく開いたままのノートパソコンと、ハローキティのシールが貼られた薬箱が置いてあった。彼女は壁にかかった時計を見た。
「時間です」
彼女はテーブルの上の薬箱を開けた。アルミホイルのシートから錠剤をひとつずつつまんで取り出し、カラフルで小さな球体を何錠か手のひらに集めた。それはいろんな種類のてんとう虫のように見えた。彼女は水でそれを一度に飲み干した。
「精神薬です」
中村は頷いた。
「見て欲しいものがあるんです」
彼女は引き出しからファイルを何冊か取り出してテーブルの上に並べた。中村はそのうちの一冊を手に取ってめくった。結婚式場のチャペルの前に、ウェディングドレスを着た彼女が夫と一緒に立っている写真だった。幸せそうだった。別の写真では、彼女が夫とともに海辺の前に立っていた。
「昔の写真です」
次のページをめくる。彼女は白い服を着て病院のベッドに寝転んでいた。次のページ。彼女は車いすに座っていた。手足にギブスをして、隣には看護婦が立っていた。
「なぜ病院にいるの?ケガでもしたの?」
「離婚したあとに私は精神病院に入院しました。中村さん、知ってますか?精神病とは、殺された心を持ったまま生きるってことなんです。やっかいなことには、心が血を流していても、それは骨折した腕みたいに簡単には直せない。目に見えない心の病を、ガンみたいに切除することはできない。夫と離婚したとき、彼は私の心を殺した。だけど夫は逮捕されません。不思議ですよね、体を傷つけたら逮捕されるのに、心を傷つけても訴訟程度はされても逮捕なんてされない。ケガは簡単に直っても、心のケガは治らないのに。夫と離婚したとき、私は死にました。でも肉体は生きていました。それが不思議でした。死んだ心と、生きた肉体が共存していたのですから。どうしても心と体に折り合いがつかなかった。落ち着かなかったのです。私は完璧主義者ですから。その不釣合いな状態を直すために、つまり体も殺すために、ある日、病院の屋上から飛び降りたんです」
中村は自分の手のひらを握りしめたり開いたりした。ビリヤードのことが頭に浮かんだ。キューで球の真ん中をまっすぐ突けば、あるいはもう少しマシなスコアを叩き出せるはずだ。
「十階から飛び降りました。青空が澄み切った朝に、私は前々からすでに決まっていたかのように、屋上のフェンスをよじ登った。そして建物の淵に立ちました。手すりも金網もない、私を守る物が何もない場所に立つと、不思議な開放感を感じました。下を覗き込むと背筋がぞくぞくした。私は病室の茶色いスリッパを脱ぎ、まるで茶道家みたいに上品な作法で、足元に丁寧に揃えた。神経質なんですよね。私はそういうところが丁寧なんです。それから深呼吸をして、両手をワシみたいに広げて、空中の上に踏み出した。まるでそこにまだ地面が続いているように。私は宙に向かって歩いた。中村さんはロードランナーとワイリー・コヨーテのアニメを知っていますか?」
知らない、と中村は答えた。
「今度ケーブルテレビで見てください。すごく好きなんです。狼のワイリー・コヨーテはいつもロードランナーと呼ばれる鳥を追いかけているけれど失敗ばかり。まあ、トムとジェリーの焼き直しみたいなアニメです。ネコがオオカミに、ネズミが鳥に変わっただけ。だけどすっごく好きなの。コヨーテはロードランナーを崖の上まで追いかけてようやく捕まえる。さあ、いざ食べようとするのだけど、自分の足元に地面がないことに気づく。しばらくきょろきょろ周りを見回して、画面に向かって微笑んだり、たっぷり視聴者にサービスをして、それから落ちるんです。重力を無視したギャグなんですけどね。すっごくかわいくて、すっごく楽しいの」
彼女は中村の横顔を見た。
「あなたもかわいいですね」彼女は言った。「そして、私もかわいい」
中村は彼女と目を合わせず、テーブルの上のさっきまで精神薬を包んでいた銀の包装紙を見ていた。あのアルミの銀紙はなぜよりによって精神薬を包むはめになったのか?彼もおそらくカラフルなチョコレートでも包んで、女子高生のポケットの中で一生を終えたかっただろうに。
彼女は一度舌を舐めて、乾いた咳払いをしてから、また話を再開した。
「私もワイリーコヨーテと同じように、重力に従って地面に落ちた。私は画面に向かって微笑んだりはしませんでしたけどね。私の人生の視聴者なんてどこにもいませんから。運がよかったのは、草むらに落ちたこと、そして背中から落ちたことです。私は手足の骨を折るだけで済んだ。血もほとんど出なかった。もし頭から落ちたら今頃私はここにはいません。私はそういうところで神様に守られているんです」
彼女はそこで突然話を切って、「えっへん!」と叫んだ。小さいワンルームに彼女の大声が残響した。
今度は立ち上がって腰に手をあて、誇らしげにもう一度叫んだ。「えっへん!すごいでしょう!私は神様に守られている!えっへん!」
彼女の「えっへん」はまるでマイクを使わずともホールに声を届けられる声量の豊かなライブ・ミュージシャンのように、すごくよく響いた。
「えっへん!」
「うるせえ!」
隣人が部屋の壁を蹴る音が何度かした。
「でも、聞いて!中村さん?」彼女は隣人のクレームを完全に無視した。「記憶がないんです!自分の身に何が起こったのか全く覚えていないんです!たぶん精神薬を飲み過ぎたからだと思うのですけどね!だから特に痛みも感じなかったんです!覚えているのは、青空がすごく綺麗だったこと。私は草むらに大の字に横たわって、青空を見つめた。青空も私を包み込んでいるように思えた。綺麗でした。本当に綺麗でした、あー、きれいだった!あー、おいしかった!えへへへ!おかわりちょうだいな!えっへん!」
再び壁を蹴る音。
「ねえ、少し静かにしたほうがいいんじゃないかな?警察を呼ばれるよ」
彼女は唐突に話をやめると、思い出したように携帯電話を取り出してメールを打ち始めた。

部屋に静寂が訪れた。時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。
なぜだかわからないけれど、中村の頭の中に、エリック・カッパーの「ハヴァナ」が流れ始めていた。イントロのピアノが彼の頭に何度も叩きつけられた。頭痛がした。

「ごめんなさいね」彼女はメールを打ち続けながら言った。「前に、サイトで知り合った人がいるんです。彼と今、裁判をしているんですよ。私は負けない!黒うさぎは、強いんだぞお!えっへん!」
壁を蹴る音。
「裁判?」
「彼は名古屋に住んでいる。あなたと同じように年下です。もっと若いですね、彼は大学生ですから。彼は私とセックスをした。この部屋で。ちょうど中村さんが座っているあたりに彼も座っていました。彼は私を乱暴に押し倒した。中に出さないでと言ったのに、彼は中に出したんです。それで私は妊娠した。なのに彼が責任を取らないから、裁判を起こすことにしたんです」
「妊娠したのはいつなの?」
「半年前です」
中村は彼女のおなかを見た。「堕ろしたの?」
「いいえ。中絶なんてとんでもない。もう半年ですよ!すっかり大きくなってて、お腹を蹴ってきますよ!ドンドン!ドンドン!ってね!えっへん!」
壁を蹴る音。
「ごめん俺にはあなたが妊娠しているようにはみえな」
「名前も決めてるんです。悟っていう名前。悟りを開いた悟ちゃん」
彼女は自分のお腹に向かって言った。「悟ちゃん?絶対に産みますからね、富士山よりも元気な子を産みますからね!」
「あのさ」
「心配しないで!」彼女は人差し指で中村の口元を押さえた。「あなたはやさしいから、きっと心配してくれているのでしょう?大丈夫。もう彼のことは全てお見通しだから。実家も、大学も、学籍番号も、所属しているサークルも、今付き合っている女の子のことも、彼の親の住所と職場も、本名、年齢、本籍地、彼のおばあさんが住んでいる家まで、すべて調べあげていますから。彼は私の手のひらですうすう眠る小鳥みたいなものです。あとは牙を磨いて、食べるだけ。私は決してミスをしないワイリー・コヨーテなんです」
彼女は壁にかかったカレンダーに目をやった。いくつかの日が赤丸で囲まれていた。
「裁判がまた来週あります。私は名古屋へ行きます。どのように男性から力を奪っていくか。それが私の生・き・が・い」
彼女は体をかがめて、キューを構えるふりをした。
「前の旦那」キューを突いた。「それからこの大学生」彼女は対角線に向き直って、再度突く動作をした。「徐々に追い詰めていきます。それはまるでビリヤードのように。ゆっくり、ひとつずつ、ボールをポケットに落としていく。確実に、正確に。安心を奪い、社会的地位を奪い、金銭的な自由を奪い、そして」
彼女はもう一度突いた。「移動させる」
「移動って?」
中村は返答を待ったが、彼女が答えることはなかった。
「少し熱いですね、冷房を入れましょう」
彼女はリモコンを手に取って電源ボタンを押した。銃殺されたひよこみたいな乾いた電子音が彼女の手元から聞こえたあと、エアコンがほこりがかった冷たい空気を吐き出し始めた。
中村はさっき自分で買ったボルヴィックのふたを開けて、一口飲んだ。
「わかった!あなた、お腹が空いたのでしょう?私、だめな奥さんですね。あなたはお仕事で疲れていますものね。いつもお仕事お疲れ様、あなた。私、何か作りますね」
「あなた?」
「何か作りますね、あなた」
いらない、と言う間もなく、彼女は立ち上がって流し台へ向かった。
「今日は野菜を中心にした料理を作ってだんなさんをいたわるぞお!えっへん!えっへっへっへっへーん!えっへっへっへっへっへーん!」
壁の音。

ノートパソコンは開いたままだった。17インチのディスプレイにアプリケーションがいくつか開いていた。インターネット・ブラウザのお気に入り一覧に「移動」というフォルダを見つけた。中村はマウスを触って、カーソルをフォルダに合わせてクリックした。「移動」についてのウェブサイトがずらりと出てきた。

移動
トリカブト購入法
・毒殺
・毒殺のすべて
・自宅で簡単に作れる毒薬
・毒薬輸入入門
・旦那殺しのエトセトラ
・Q&Aサイト:旦那を殺すにはどうすればいいですか?

中村はカーソルを「Q&Aサイト:旦那を殺すにはどうすればいいですか?」に合わせて、クリックした。

「質問:旦那を殺したいと思っています。うっとうしいんです。セックスもしたくありません。醜く太って、まるで豚にしか見えません。できれば死んで欲しいのだけど、なかなか死なないので殺そうと思います。どうすればバレないように殺せますか?

回答:トリカブトを使うのがよいでしょう。計画は3年スパンで考えてください。月に一度だけ、食事にごく少しのトリカブトを混ぜれば、毒物は体内から発見されません。あくまでも自然死を装うように。いそがないで下さい。完璧に行いましょう。徐々に追い詰めていきます。それはまるでビリヤードのように。ゆっくり、ひとつずつ、ボールをポケットに落としていく。確実に、正確に。安心を奪い、社会的地位を奪い、金銭的な自由を奪い、そして、移動させる」

「できました」
彼女が肉じゃがとご飯を載せたお盆を持って現れた。中村は即座にブラウザを閉じた。
「お口に合いますかしら。パソコン、どけてくださいますか?」
中村はノートパソコンをテーブルの下に移した。そこに出来たスペースに彼女は皿を並べた。
「どうぞ。はい、お箸です」
「いらない」
「え?」
「ごめん、お腹があまり空いていないんだ。さっきビリヤード場でポップコーンを食べてスプライトも飲んだよね?あれでもうお腹がいっぱいで」
彼女は肉じゃがから立ち上る湯気を見つめながら低く小さな声で言った。「ほんの少しでも食べていただくことはできませんか?」
「ごめん」
「ダメですか?」
中村は黙った。
彼女はため息をついて天井を仰いだあと、何かをつぶやいた。よく聞き取れなかったが何か呪術的な言葉のようだった。彼女はお盆に料理を載せて流し台へ戻った。しばらくして、皿が割れる音がした。彼女が料理を食器ごとゴミ箱へ捨てていることがわかった。一枚、また一枚、また一枚。

しばらく間があった。エリック・カッパーのピアノの音は彼の脳内でもっと大きくなっていた。

「シャワーを浴びてもいいですか?」彼女は流し台前から顔だけを部屋に突き出して、中村に聞いた。彼女はどんなささいな行動でも中村の許可を取りたがった。
「どうぞご自由に」
彼女は礼を言うと、シャワールームに入って内側から鍵を閉めた。中村はもう一度ノートパソコンを開こうかと考えたけれど、やめた。

彼女がシャワーを浴びて戻ってきた。右手にカミソリを持っていた。上はスリップ一枚で、乳首が透けていた。下には何も履いておらず、ヴァギナの周りには毛が一本もなかった。
「たった今、剃ったんです。礼儀だと思うんです。知ってますか?ヨーロッパでは女性はみんなアンダーヘアーを剃るんですよ。男性に対して失礼ですから。でも、ヨーロッパでは男性もマナーとして下の毛を剃るんですよ。知ってましたか、あなた?」
知らない、と中村は答えた。
「あなたは剃ってるのかな?」
彼は答えなかった。
彼女はスリップを脱いで全裸になった。体には一切無駄な脂肪がついていなかったし、生きるために必要な最小限の脂肪さえついていないように見えた。骨と皮だけのがりがりの裸は、まるで北インドのブッダガヤで、悟りを開くために何日も修行を続ける僧侶に見えた。胸はまな板のようだが、乳首だけは乳飲み子を抱えた妊婦のように大きく、それはさびれた公園の砂場に無造作に捨てられた二つのふやけたぶどうを思わせた。彼女はその場でくるりと回転して、背中をこちらに向けた。
「いかがですか?私のおしり。セクシーでしょう?」
腰には巨大なあざがあった。

射精が近づいてきた。
中村は腰の動きを早めた。
「あなた」
彼女は中村の両方の手のひらをやさしく手に取った。それを自分の喉に置き、うなずいた。
中村は少しだけ力を込めて、すぐに離した。彼女はゴホゴホと咳払いをした。
「その調子ですよ、あなた。でも足りないです。もっとです。もっと。もっと力を込めてください。私の命は、あなたのものです。私の命なんて、あなたがいくらでも好きにしていいんですよ。だから、男らしいところを見せてくださいね。いいですね、二度はいいませんよ。本気で絞めて下さい」
中村はもう一度首を締めた。今度はさっきよりも長く。血液と酸素を止められた彼女の顔がどんどんうっ血していくのがわかった。白と紫を混ぜたような色だった。彼女は舌を突き出して震えていたが、顔は笑っていた。
中村は射精しそうになって、手を離した。腰を動かす速度を落とす。
彼女はしばらく咳き込んだあと、中村の目を下から睨みつけた。
「ねえ」彼女は言った。「もっと強く締めろって言っているのよ。わからないの?」
「こんなことはしたことがないし、したくな」
「インポ野郎!」
彼女は中村の顔に力いっぱいビンタをした。今度は左手でもう一発。中村の舌に鉄さびくさい味が広がる。口の中が切れて、唇の端から一筋の血があごまで垂れた。三発目のビンタを繰りだそうとしたとき、中村は彼女の手首を掴んで止めた。
「よせ」
「結局、お前も他のクズ連中と同じなんだね」
「暴れるのはやめろ」
「殺せよ」彼女は言った。次に目を大きくひん剥いて、「ぶっ殺せよ!」と叫んだ。瞳孔は開き、目は真っ赤に充血していた。
「ぶっ殺せっつってんだ!殺せよ!殺せよ!殺せ!玉なしのオカマ野郎が、女のひとりも殺せねえか?てめえが殺せねえなら、私がてめえを殺してやるよ!」
彼女はベッド脇にあったプラス・ドライバーをつかんで振り回した。先端が彼の太ももに突き刺さり、激痛が走った。
「死ね!」
ドライバーは次に彼の脇腹をかすめた。血の塊が白いシーツに飛び散った。
中村の口から血がぽたぽた落ちて、彼女の真っ白な胸の上ではじけた。中村はひどく興奮している自分に驚いた。彼はもう一度彼女の細い喉に指をそろえて、全身の力を両腕に込めた。軟骨状の何かが潰れた感覚があった。彼女は白目を剥いた。

彼女の膣内へ力いっぱいペニスを突き刺すたび、振動で中村の脳は揺れた。あらゆるイメージが中村の脳裏に現れては消えた。コーヒーカップに溶けていく角砂糖、ポケットに落ちるビリヤードの球、玄関に揃えて置いたふたりの靴、トリカブト、肉じゃがのゆげ、堕胎された子供、ワイリーコヨーテ、砂漠のブドウ、そして、屋上から飛び降りた彼女。

青空の下、スローモーションで彼女は地面に向かって落下していく。中村はさらに彼女の首へ力を込める。彼女は長い髪をなびかせながら落ちていく。腰からではなく今度は頭から、確実な死を内包しながら。

精液が睾丸から駆け上ってくる瞬間、中村はぐっと歯を食いしばり、子供を殺された父親ぐまのように喉の奥で低くうなりながら、両腕の血管がちぎれるほど強い力で彼女の首を絞めた。彼女の頭蓋骨が地面に追突したとき、まるでスプーンでストロベリーを押しつぶしたように、果汁と果肉がアスファルトの上で破裂した。それを見た瞬間、中村は絶頂に達した。潰したストロベリーに練乳をかけるみたいに、彼女の膣内に何日も溜め込んだ真っ白な精液を何発も吐き出した。最後の一滴を出し切るまで、中村は手の力を決して緩めなかった。

先端に血の付いた太いドライバーがベッドから転がり落ちてテーブルの足にぶつかり、まるでキューでボールを打ったような乾いた金属音を放った。

 

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